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2005年1月

2005.01.17

1.17をわすれないように

私は少し離れたところに住んでいて、
震度4だったけど、部屋のものは何も倒れなかったけど、何も落ちてこなかったけど、
どこにもけがはなかったけど、
いまだに自分が経験した、いちばん大きな地震であることには違いない。

あまりの揺れに起きて、なのに体が動かなくて、
このまま建物が平行四辺形になってひしゃげてしまうような想像をして、
あー倒れてしまうのかなーとか思いながら、何もできなかった。

すぐテレビをつける。実家に電話をかける。
大きな地震としか言ってない。電話がかからない。
10回くらいかけてつながる。幸い時計が落ちたくらいだったそうだ。
ちょっと安心して、その後テレビを見ていた。
死者が2名だという。しかし映像はとんでもないものが写り出す。
そんなはずないやろう。とか思っていた。

テレビは倍々で増える被害者を伝えていた。
神戸は、大阪は、どうなってしまったんやろか、
そう思いながら、じっとテレビを見続けていた。

私や家族には被害がなかったが、いろいろなブログを見ていれば、
何事もなかったかのように元気にしておられる人たちは、
今もふと思い出したり、今もつらい状況におられたりする。
10年もたつのに、それがどれだけたいへんなことだったか、
ということだ。

震災のことを、忘れないようにしようと思う。

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2005.01.16

ネスカフェの「朝のリレー」CMをみて

ネスカフェのCMで、「朝のリレー」というCMがある。
このテレビ好きの私が、あるブログに書いてあったのを見るまで、知らなかった。
あるいは、見過ごしていたのか。
さっそくサイトで見てみた。

この前日本生命のCMの話をしたが、そのときと同じ、谷川俊太郎が書いた詩が使われている。ぜひネスカフェのサイトで見てほしい。
(「朝のリレー」は詩集「あさ/朝」所収(谷川俊太郎=文、吉村和敏=写真 アリス館 2004年)

夜から朝になるときの、静かな、でも確かな動き。
夜の闇の静けさではなく、朝のにぎわいでもない。でも、しーんとした朝ではない。
ざわざわっとしてくる、その一歩手前、そんな情景が浮かび上がってくる。

最初そういうことを感じていた。

何度も読んでみた。

いや、1日のはじまりである朝は、自分と関係なく、勝手にやってくるもの、ではない。
「ぼくらは朝をリレー」し、ぼくらは「交替で地球を守る」のだ。

床に入り眠りにつくときに、そのとき朝を迎えようとする誰かに、
朝を送っているのだ。
そして、誰かが必ず、自分が送った朝を、受けとめているのだ。
誰かはわからないかもしれないし、具体的に誰かわかってるかもしれない。
でも、「朝をリレー」することは、「交替で地球を守る」ということ、
この地球でのあらゆることは、すべて、
自分と関わりがあることで、いや、
自分が関わっていることなのだ。
自分は受け手ではない。夜がすぎて朝がくること、
自分に朝が来ることだけではなくて、誰かのところに、確かに朝がくること、
それも、自分のこと、なんだね。

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2005.01.15

びっくり! 「おたく」展

ふと写美(東京都写真美術館)のメールマガジンを読んでいたら、「おたく」展が日本にやってくる、らしい。

昨年秋に、イタリアでひらかれた「ヴェネチア・ビエンナーレ」の「ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展」の「日本館」の展示のテーマが、「おたく:人格=空間=都市」(OTAKU: persona=space=city)。
このWebページ、絶対見るべし、である。とくに「ヴァーチャル展示ツアー」のページは圧巻である。

私はおたく系のコミックも、ビデオも、フィギュアも、何も持っていないしコミックマーケットにも行ったことはないし、ぜんぜん興味はないのだが、それでも、サイトを見ていると、「おたく」をここまで昇華させるとは、という驚嘆の気持ちと、自分はおたくじゃないと信じつつなんとなくひきこまれている自分に気づき、自分の「おたく」性の部分を認めざるを得ないという感情がないまぜになってしまう。

ちなみに、このサイトで、「萌え」の定義を初めて知った。

「火がつくことを指す「燃える」が誤変換されて発生した、架空のキャラクターやその特定要素に対する疑似恋情を表す語。」
だそうだ。

なんでこういう高尚っぽい、しかも「建築展」でおたくなのかよくわからないが、これを見たイタリアの人たちや見に来たいろんな国の人は、何を想っただろうか。

‥‥で、この「おたく展」が、東京都写真美術館にやってくるそうだ。
「グローバルメディア」という展示の一部なので、ビデオ映像の展示とかになるのだろうが、
これは見に行かねばなるまい、か。

「グローバルメディア2005 おたく:空間=人格=都市」
2005年2月5日(土)~3月13日(日)
※「おたく:空間=人格=都市」展は会期中の後期(2月22日(火)~3月13日(日))開催です<2月6日訂正>
東京都写真美術館 地下1階映像展示室
(東京都目黒区・恵比寿ガーデンプレイス)

これ、NHKの「新日曜美術館」ではとりあげられるだろうか。
いまから楽しみである。

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2005.01.10

どこにいても、アメリカっていう感じ?

昨日、α-Station(FM京都)のジングルや音楽のことを書いたが、その前に、大阪のFM802というFMステーションができたとき、その前に試験放送の期間があった。ノンストップで音楽が流れ、30分に1回、「Funky Music Station, Eighty-Point-Two~♪」っていうジングルが流れていた。そのときに、「あぁ、なんかアメリカっぽい」ととっさに思った。その時は海外なんか行ったこともなかったけれど。

その後、初めての海外でハワイに行ったとき、持って行ったラジオでFMを聴いてみたらまさに802みたいな感じ!(っていうか実際は802がアメリカのFMのスタイルを取り入れたのだけど)。

802のジングル、何十種類、いや何百種類もどうやって作るんだろうと思っていた。
FM802開局までと何年かの軌跡を記した「読むFM802―OSAKAで一番HOTなラジオ局の軌跡」にはたしかアメリカから調達したようなことが書いてあったように思う。そりゃ英語だからやっぱりそういうもんなんだろうなぁ、となんとなく思っていた。

ふと思い立っていろいろネットで検索してみたら、アメリカにはラジオ局向けや店舗内放送やCM向けなんかにジングルやステーションID(というらしい)を作ってくれる会社があるというのがわかった。それだけ需要が多いということか、へぇ、そんな商売があるんやなぁ、と思った。
たどりついた、TM Century社のサイトにアクセスしてみたら、あるわあるわ、サンプルが何百も。また片っ端から聴いてみると、アメリカのFM局の名前らしい言葉がぽんぽん出てきて、メロディに乗せて歌ってるよ。ポップなものも、カントリーなのも、有名アーティストの替え歌なのも、ジャズっぽいのもあるよ。
うわぁ、なんかアメリカでFM聴いてるみたいじゃない! 番組の中身がなくて、ジングルばかり流れてるんだけど、なんかめっちゃ心地いいぞ。
ジングルだけじゃなくて、番組のオープニング、ニュースや天気、交通情報コーナー用のBGMとかもある。これはおもしろいぞ、こういうのが欲しかったんだなー。(って変かなぁ。)

聴いてたら、あれ、どこかで聴いたような、というのが何曲も。え、これってFM802のあの番組のオープニングと同じ、あこれはクリスマス時期のジングルだ、こっちはJFN系列のジングルと同じ‥‥、と、歌詞が違うだけでメロディや演奏はおんなじ、というのが続々出てきた。

どうもたくさんのサンプルがあり、その中から使いたいものを選んで歌詞を替えてレコーディングしてもらう、というサービスがあるようだ。1曲$300~$500くらいでできるらしい。ちなみに注文するときは、同じ地域で重ならないようにチェックがかかるらしい。
もちろん完全オリジナルで作ってもらう場合もあると思うけど、番組内のジングルとかはこういうのをうまく使えば、かっこいいジングルが自社製作しなくてもいいし安く調達できるんだなぁ、なるほどなぁ。
‥‥というわけで、私の今週末は、アメリカにいるみたいな休日です。‥‥音楽だけは。部屋は和室だけど。

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2005.01.09

どこにいても、京都っていう感じ。

FOMAに替えて、メロディだけでなく音楽そのものをダウンロードできるようになったのだが、京都のFM局「α-Station」(FM京都)の携帯サイトにアクセスしてみたら、
着メロサイト「melodyα」ってのがあって、
なんと、オリジナルのジングルがダウンロードできるようになっているではないか。

さっそく、パケット代も気にせず、じゃんじゃんダウンロードしちゃう。
「Alpha city, alpha station, eighty-nine-point-four FM~♪」
いろんなパターンのジングルが聞ける。わー、すごいすごい。
あと、α-Stationは、番組の合間に「Headline News」や「Weather Line」(天気予報)、
「Traffic Line」(交通情報)や「Garage Line」(駐車場空き情報)などのコーナー「α-Line」があって、
みんなオリジナルの音楽が流れる(それもすごいと思う)のだが、ちょっとサワリのところだけだけど、ダウンロードできるようになってる。うわー、すごいすごい。
(できたら曲全部聴いてみたいなぁ。CDあったら絶対買うのに。)

なんでこんなものにきゃーきゃー言ってるか変に思われるかもしれないが、
昔からBGMに流れてる曲とか、ジングルとか、CMの曲とかがすごい気になったり、好きになったりするのである。

α-Stationは大学のときに開局した。毎日ガッコへ行く途中、ウォークマンでずっと聞いていた。
だから、α-Stationのジングルやα-Lineの音楽が聞こえると、電車通学や、鴨川の橋を
渡ってかよったことや、朝のまだ静かなキャンパスや、活気ある商店街や、そんな光景がどんどん思い出されてくる。

今はだいぶん普通の民放FM局っぽくなってしまったように思うが、
僕が聴いていた頃は、“Diet Talk, More Music”をコンセプトに、
じゃましない、でも心地いい、そんな音楽と、
その合間に大人で落ち着いた声の女性DJ(たしか竹内さんって言ったと思う)が、
ニュースや天気などの情報を伝えてくれる、
かっこよくて素敵なFMステーションだった。かなりコンセプトもってやってたって感じ。

で、今は片っ端から着メロに設定してる。
でも、あんまり電話かかってこないから、時々自分で聴いてみる。
どこにいても、京都にいるような、京都に向かっているような、感じがする。

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2005.01.03

お正月、おしまい‥‥

昨日は、郵便を出しがてら、
久しぶりに実家のそばを散歩した。
小学校や中学校の同級生の家の前をとおると、
何台も車が止まっていたり、
新しい家や名前に変わっていたりして。

もういい年の私に、紙袋いっぱいに、
夕飯用の弁当やらお菓子やらを詰めて持たせてくれた。

あと何回、こんなことができるのかな、と
突然、不意にそんな思いが頭をよぎった。
親は、まあ元気なんだけど‥‥。
電車の中で、泣きそうになる。
誰も見ちゃいないのに、あくびをして、ごまかす。

ふるさとが、だんだん遠ざかる。

ぼくの正月も、だんだん、終わっていく。050103_120058_m.jpg
写真は、父が庭に咲く草花をとってきて差したものです。

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2005.01.02

日本生命のCM

お正月のテレビの合間に、日本生命のCMをよくみる。
映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ(なぜかこの曲を聴くとしんみりして泣けてきちゃう)が流れ、
田口トモロオのナレーションが印象的だが、そのナレーションのことばがより印象深い。

愛情をお金であがなうことはできません。
けれどお金に、
愛情をこめることはできます。
生命をふきこむことはできます。
CMをよくみてみたら、文章は谷川俊太郎さんが書かれたもののようだ。
Webサイトになんで保険のCMのために文を書くのか、ちょっとぴんとこないところもあるが、
お金のことを、きちんと書かれた文章だなぁと思った。
そう、お金は、悪者にもなるが、いい者にもなるのだ。

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2005.01.01

楽々、お正月

ことしの年賀状は、「楽々はがき」にすっかりおまかせ。
まえに買った「マイフォント」も活躍。
去年は余裕がなかったので、30日朝までかかったけど完了。

昨日はできたてのおせちをつまみ食いして、スーパーに買い物に出かけ、
父の携帯を「FOMAらくらくホン」に交換してあげました。
文字が大きくて、ボタンも大きくて、年寄り向きというよりは誰にでも使いやすい感じ。メニューも単語でなく文になっているし。昔一部機種にあったワンタッチダイヤルもついているから便利。miniSDカードにもiアプリにも未対応だがこれはこれでよいかも。
おまけに使い方説明ビデオ(約1時間!)がついていたのだけど、僕にとっては知っていることばかりなのでみているうちに寝てしまいました‥‥。ま、僕が使うんじゃないし。と思ったら父も‥‥。
 
うちのお雑煮は白みそなんです。もちは丸もち。
みんなふだんお酒はあまり飲まないけど、「白鶴 上撰 純米金箔入」で乾杯。
三度三度あたたかいごはんが出てくるって幸せだなぁ有り難いなぁと、あらためて実感。

今晩はすきやきだそうだ。そのあとはNHKで「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2005」をみんなでみる予定。

いまだに、と思われるかもしれないけど、僕はやはり、家族と過ごすお正月でないと、と思っている。
050101_085843_M

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A HAPPY NEW YEAR 2005

いろいろな出来事や、事件‥‥
とてもハッピーとは言えないことも、
いろいろと起きた1年でした。
それでも、“A HAPPY NEW YEAR”とご挨拶させていただきたいと思います。
三たび年男ながら、歩みの遅い私ですが、
まわりの人々にも、私にも、
平和がきますように、
より少しでもはばたくことができますように、
思いをかたむけ、待ち望みつつ、
一日一日を歩むものでありたいと思います。

ことしもよろしくおねがいいたします。

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